就労支援センター光陽/センター長
大西邦衛さん
未来を見据えた支援がしたい。

子どもたちと深く関わる 仕事に魅力を感じて。

 子どもの頃から「先生になりたい」という夢を持っていました。大学卒業後は医療機器の商社で営業として働きつつも、教員の夢が諦めきれず、働きながら通信で大学に2年間通い、教員を目指す準備をしていました。
 商社で2年ほど働いたところで、勉強に力を入れるために退職しました。ただ、教員になるまでニートでいるわけにはいかないので「勤務時間や休日の融通がききそうなところで、パートかアルバイトとして働こう」と、つなぎの仕事を探すくらいの軽い気持ちで就職先を探し始めました。でもせっかく働くなら、今後の仕事に少しでも活かせるよう、教育関係に近い仕事や、子どもと関われる仕事がないかな?と思っていたときに見つけたのが今の仕事でした。障害者支援など福祉関係の仕事に就きたいと思っていたわけではなかったのですが、「ここなら子どもたちと関わりながら、いずれ教員になったときに役に立つかもしれない」と思い、軽い気持ちで選んだのがきっかけでしたね。結果的にこの仕事にのめり込んで、パートから正社員になり、今に至ります。

気づかないうちに 仕事に熱中していた自分。

 現在は光陽福祉会の「就労支援センター」で、センター長として働いています。ここは就労継続支援B型と生活支援の事業所で、利用者さんは知的障害の方が多く、作業の支援のほか、食事や排泄、マナーなど生活面での支援も行っています。利用者さんが行う作業の内容はさまざまですが、最近は金属加工の作業が多いです。
 光陽福祉会に入社してまず配属されたのが、放課後等デイサービスでした。ここは障害児や発達に特性のある子が、放課後や長期休暇に利用する場所です。僕が働き始めたのがちょうど7月、夏休みに入る時期でした。長期休暇は朝から夕方まで子どもたちとずっと一緒なので接する時間が長く、とてもハードでしたが、毎日がとても楽しくて。仕事にやりがいを持ち、熱中して働いている実感がありました。当時はパート採用でしたが「これが自分のやりたい仕事かもしれない」と気付き、2年後に正社員として雇っていただけることに。「教員よりもやりたいことが見つかった」という感覚でしたね。

相手の気持ちに寄り添い、 「気付き、動く」ことが大切。

 中には発語のない利用者さんもいますので、相手が思っていることを汲み取りつつ、気持ちを寄せてコミュニケーションを取ることや、信頼関係を築くことが、入社当初はとても難しいと感じましたが、先輩方に教えていただきながら、自分なりの関わり方を見つけていきました。この仕事に必要なのは「気付き」。利用者さん一人ひとりをしっかり見て、どんなことが得意なのか、どうすればストレスなく正確に作業できるのかを見極めながら、最適なサポートをしていく必要があります。粘り強く考え続けながら、利用者さん一人ひとりの個性や現状に向き合いながら関わっていきたいと思っています。
 作業でも生活面でも言えることですが、ここでの活動を通して、今までできなかったことができるようになったり、やる気を出して取り組めていたりと、利用者さんたちのちょっとした成長を、ふとしたときに感じることがたくさんあります。彼らががんばっている姿を見るととても嬉しいです。もちろん僕だけの力ではないんですが、その成長に微力でも関われていることに、喜びを感じます。

手を貸すことが支援ではない。 5年先・10年先を見据えて。

 この仕事は、誰かの人生の大きく成長する場面に関われる、とても尊い仕事だと思います。少しの変化がとても嬉しいですし、私自身のやりがいにもなります。
 まずは利用者さんが無事就職できることを目標に、日々私なりに関わり方を模索しながら支援にあたっています。彼らのこれからの人生はとても長いです。私が見るべきは「今日の作業が無事終わること」ではなく、5年先・10年先の彼らの人生。その場しのぎの支援ではなく、未来を考えて関わること、ここを卒業した利用者さんが自信を持って社会へ出ていけるような支援ができるよう、心がけています。
 手を貸すことが支援ではありません。僕が手を貸せばすぐできてしまうことでも、利用者さん自身に挑戦してもらうことで、苦労しても、時間がかかっても、本人が失敗しながら掴み取っていくことを見守ったり、掴み取れるようになサポートを、常に近くでしていきたいと思っています。

その他のインタビュー